2007年12月27日

夜歩く。

もしもあなたが、日本橋とつく町名をひとつでも知っているのなら、

むらむらとした夜には

其処へ出掛けてみると好い。

大きな通りは避けて、

升目の様な一方通行の路地に入れば

平日の夜更けに

そんなところを往く自動車も人影も

目にしない筈だから。

新聞屋の軒先に植木鉢が積み上げられている。

柳が遠くで揺れている。

外灯が閉じたシャッターを青白く照らしている。

動いているのは、むら雲、そして猫の影。

そこからあなたは

東へ向かって歩きはじめる。

どの路を往ってもいい。いずれ大きな橋を渡る。

その先が、墨だのひがし、

濹東だ。

橋の頂から、月を見上げれば、

闇に溶けた群青色の河が

青魚が身を翻したときに見せる腹のように

その表面を光らせている。

橋を

夜の底へと下りていく。

地面が沈下したような路地。

アスファルトは、灰色の発砲ウレタンのように

ぐわん、ぼごん。

先程までより一層がらんとしている。

そのときだった。

月が語りはじめた、

百五十年も前は、この路に自動車なんか一台も走っていなかったのだ。

卵色の鏡のようないつもの月だ。

成る程。

がらんどうの路地。

幅はこんなに狭いのに、自動車を忘れて

路の真ん中を歩いてみれば

こんなに広くがらんとした道になる。

それどころか、

玄関の引き戸の前を植木鉢で埋め尽くしても、

縁台に団扇をのせて道端に出そうとも、

はたまた

洗い桶に西瓜を入れてを出したって、

まだ人々が行き違うのには充分すぎる道幅がある。

人間が

道の真ん中を歩いているからだ。

月明かりと見紛う

薄い卵色の外灯。

気をつければ自分の足音が聞こえる。

一年程前、世間を

飲酒運転が騒がせていた頃、

読売新聞に或る不思議な論評が載った。

飲酒運転反対が声高に叫ばれていた時期だから、

飲酒運転反対の論文が載ること自体に、不思議はない。

奇妙だったのは、

その論旨だ。

端的に言えば、

「悪いのは酒の存在ではない。悪いのは自動車の存在だ。」

というものだった。

月の声がした。

そうだ。

自動車など無用の物なのだ。

どうして自動車が無くならないのか、考えてみるがいい。

巨大な自動車産業が

自分達の存在を否定するとお前は思うのか。

己の欲望を自動車などに投射する

自分達を愚かだと思ったことは無いのか。

言い終わると、また月は鏡のような顔になった。

自動車は見えなくなった。

さっきまで

路肩にひっそりと駐車していた車たちも

一斉に消え失せていた。

車の音がする大通りに出てみたが、

そこにも車の影は無かった。

歩いていた足は

駆けはじめた。

たくさんの車が唸り声をあげる大通りの真ん中へ

踊り出た。

たくさんのクラクションが

鳴り続けたが、

大通りの真ん中を

走り続けた。

そうして

行方に小さく見える

光る橋に向かって点滅しながら消えていった。

投稿者 vacant : 2007年12月27日 01:30 | トラックバック
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コメント

面白いです。
勝手にブログ評論

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Posted by: 六ヶ所村ズドラマー : 2008年01月21日 18:21

goood

Posted by: vaca : 2008年03月06日 23:29
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