2012年11月16日

読売新聞2012年9月23日(日)朝刊 書評欄より引用


『群れはなぜ同じ方向を目指すのか?』 レン・フィッシャー著

評・池谷裕二(脳研究者 東京大准教授)


集団が生み出す正邪

 集団の原理とその正邪を語る本である。前半はミツバチやアリなどの動物、後半はヒトについて多くのページが割かれる。

 群れは単純な原理で生まれる。個々の構成員が〈1〉隣に近づく、〈2〉ただし接触しない、〈3〉隣と同じ方角に移動する。この3つの傾向さえあれば、イナゴやハチに見られる複雑な群体運動は、コンピューターで正確に再現できる。

 私たちが混んだ街を移動するときも同じ原理で動いていると知ったら驚くだろうか。人は自分を「高度な知能を誇る生物」と希望的に驕るナルシストだが、実のところ、昆虫の行動パターンと差異はない。人も自然の一部である以上、行動様式は無意識に自然の摂理に従うのだ。

 神経細胞が集合して脳を作ると、個々の神経細胞の機能からは予想できなかった「知能」が宿る。動物が群れる目的も「群知能」を活用するためだ。個々は決められた少数のルールに則
って行動するだけだが、個体の能力をはるかに凌駕する「知恵」が生まれ、結果として集団の性能が向上する。もちろんヒトも同じだ。物の個数を直感で言い当てるシンプルな試験でさえ、全員の平均値は驚くほど精確である。

 人混みを通り抜けるには。渋滞や危機から脱出するには。近道を見つけるには。本書はこうした実践的課題にも群集力学的に解答を示す。

 集団は諸刃の剣にもなる。ときに集団は鈍感化する。火災警報が鳴っても逃げないという経験は誰にでもあるだろう。逆に敏感になりすぎ、群衆パニックに至ることもある。

 現代ではメールやネットからも群知能が芽生える。新たな世論を生み、政治や民意をも動かす。中国の反日デモも群集力学の新型臨界現象の好例だろう。個人対個人では「いい奴(やつ)」でも、集団になると別次元の「意志」に豹変する。この自発プロセスに強靱なリーダーは不要だ。

 アラブの春や東電の原発対応も含め、時事沙汰に照らして読んでも勉強になる。松浦俊輔訳。

◇Len Fisher=1942年生まれ。英ブリストル大学客員研究員。著書に『魂の重さは何グラム?』など。

白揚社 2400円



投稿者 vacant : 2012年11月16日 10:19 | トラックバック
Share |
コメント