January 18, 2008

仲間

前の日にくるみでKOZOくん、じゅんじくんと明け方まで話し込んでしまい、
あまりにいい話をいろいろしたので、嬉しくてなんとなくすぐに寝たくなくて、
帰ってKOZOくんに借りた村上春樹とか読んでたら完全に朝になってしまった。
最近寝起きの時間がめちゃくちゃなので、そろそろリセットしたいよ~。

ところで、私たちの世代って尻拭いの世代だとはほんとうに思うが
私はやっぱりどうしてもそれを怒りだとかうらみだとかには思えない。
こうして今この時代にここに立って考えて体をつかって行動できること、すべて有難いと思う。
親の世代ってとにかく消費に駆り立てられてたわけだし、すごい早さで世の中は
どんどん変わっていって、そのメンタリティや価値観が負の遺産をも
たくさん残したに違いないが、その親たちに育てられて、また社会や家庭としても
共存しながら、支えたり支えられたりしながら、私たちの「今、ここ」がある。

私が今ここにこうして立って、こういうふうに考えられて
少なからずのすてきな仲間とも出会えて、それはこの前の世代のねじれがなかったら
もっと違ったものになってただったろうし、ありがたいことだなあと思う。
起きたことはもう元に戻せないから。今そうあることはそうあることだから。
幸か不幸か、しわ寄せがこれ以上ないところまで来ていて、考えられないような殺人事件や
アトピーや精神病や温暖化や食品表示偽装や格差問題や原油高や戦争や、世界はこんなにも
いろんなことをいっぺんに表わしていて、私たちはメディアや政治化にいっぱい騙されながらも、
そういうものを見ながら、あるいは囲まれて、今ここに立ってるし、ここまで来た。

いつか年月を経て、私たちの子どもに、私たちの世代ってどう映るんだろうねって話を昨日した。
「‘おバカ世代’だな、きっと」って笑いながら言ってたけど、
そうであるならどんどんバカになったろうと思う。
まわりにいる友達も含めてなんだかポテンシャルは爆発しかけてるし、
どこまで行けるんだろうってわくわくする。少なくとも私のまわりの友だちは
てっぺんなんて誰も狙ってないし、自分にできることをめいっぱい体と頭を使って楽しくやるだけ。
そうやって生ききりたい。
それが私たちの責任でもあるし、人生において遺せる何かへのgolden keyだと思う。

怒りでなくうらみでもなく、こんなふうに考えられるようになったのは、
きっと千葉でマスターとマダムという骨のある大人に会えたからと思う。
そういう意味で、あのタイミングで千葉に行ったことは、私のなかでどうしても
必要なことだったんだな、きっと。ああ、逃さなくてほんとうによかった。

カラマツストーブの事務局の山田さんとくるみでお会いする。
営業やってる人ってやっぱりなんとなくすぐ雰囲気でわかるものだなあと思う。
すごく気さくな関西出身の方で、うちとけやすい人でうれしかった。

そして、ひさしぶりに新しい人に会ったなあって感じ。
仕事をしているときに較べて新しい人に会う機会は減ったし、
最近はずっと諏訪にいてたいしたことはしてないし。こうやって新しい人に会うのは
新しい風が吹くようなもので、いいものです。
新年明けて、ちょっと自宅でのんびりが多かったですが、そろそろいろいろと
やるべきことも増えてきました。まだこれだってとこまで見えていないけど、
ともかくも手足を使ってるうちに決まってきそうな感じです、目の前のことに
集中して、ちょっと先の将来は時間にゆだねてみようと思う。

ほんとうに最近は野菜を愛しているといっても過言でないくらい野菜を
料理していただくということに心が傾く。ストックしてある野菜がほとんどなくなりつつ
あるので、夕方カンビオに買出しに行った。私の買い物袋がぱんぱんになるくらいたくさん。
この大根はステーキにしてあげたらおいしいかな、とか、
この青菜は茹でてあげてくるみと和えようかとか、さつまいもとりんごを煮てパイを作ろうかとか、
考えてるだけで楽しい。それに今は時間がたっぷりあって、手は好きなだけ、いつでも動かせるし、
おいしいって食べてくれる家族も近くにいて、ほんとうにしあわせだなあと思う。
こういう日々の繰り返しの楽しみをほったらかしにして自分は何してたんだろ、
こういうことが好きだったのにね。とおかしいような気持ちで思う。
これで来年畑始めたら毎日楽しいだろうなあ…くっくっくっ。
踊りたくなるっ。

まきちゃんじゃないけど、毎日が感謝でいっぱい。
ありがたい、ありがたい…

投稿者 chaco : January 18, 2008 12:00 AM
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