2005年08月19日

あなたは勝つものとおもつていましたか
と老いたる妻のさびしげにいふ               土岐善麿


                                                                                                                                                        


流燈や一つにはかにさかのぼる             飯田蛇笏


                                                                                                                                                        


松かぜのつたふる音を聞きしかど
その源はいづこなるべき                   斎藤茂吉


                                                                                                                                                        


(いずれも読売新聞「四季」欄より 上から、2005.8.15、16、18)

2005年08月07日

050806-223444.JPG


薄暮の中

それぞれの思いで

花火を待つ人の海。

2005年08月04日

入船の家.jpg


木の匂いは、涼しい。

2005年08月03日

それから二週間ほどの間、
峻は夜になるとAPAホテルの屋上の露天風呂に上った。

秋の初めで
屋上の夜風は冷えはじめていたが
それがむしろ露天風呂には好都合だった。
晴天が続く季節だったこともあり、
毎晩、空に月を眺めながら
時が過ぎるのをただ待っていた。

屋上の浴場では、
人に会っても、一人か二人。
それも
お互い何となくあうんの呼吸で、
誰かが入ってくると風呂からあがるようになっていたから、
峻は大抵は独りで湯舟に浸かっていた。

目隠しの簾の隙き間から、
片町の交差点が見下ろせる。

きょうはたしか土曜日のはずだが、
終バスも無くなったのか
スクランブル交差点はがらんとしている。
時折、信号が変わったのに急かされるように
若い女が頼り無く走っていくのが
黒い粒のように見える。

清酒のネオンサインが、
赤から白へ、色を変えていく。
渡る人のないスクランブル交差点の信号が変わる。

そんな日が幾日も続いた。

ある時などは、
十三間町や寺町の方へ眼を向けた。
夜の漆黒のなかに
無数の建物の輪郭が曖昧に浮かんでいる。
それでも
明かりのついた窓はほとんど見つからず
ただ点々と、
弱々しい街灯が白い首を垂らしている。

そんな
暗闇に融けた町を見ていると
まるで
夜の山を仰ぎ見ているときのような
そら恐ろしい感じが心をかすめるのであった。


また土曜日の夜が来た。
峻は湯舟に耳まで浸かり
水の流れを耳で愉しんでいるところへ
クラクションの鳴る音が聞こえてきた。

片町の交差点を見下ろしてみると、
気味の悪い大きな改造車が何台も連なって、
とぐろを巻くように
スクランブル交差点の中央に陣取っている。
クラクションを鳴らしているのは、
周囲の車ではなく
その改造車の連中だった。

集まってきた野次馬が取り巻いて眺めている。
信号が変わっても
周りの車は、
彼等の車列が邪魔で、交差点に進入できない。

ひとしきり
信号機能を麻痺させた後、
その場で強引にUターンして
元来た橋の方へと去って行った。

・・・

ある日、
月の無い夜のことだった。
峻は腰にタオルを巻いたまま
夜風に吹かれ
暗い夜景を眺めていた。

そのとき
香林坊のほうから
たくさんの女の声が押し寄せてくるのが聞こえた。
低く込み上げるような笑い声や、
早回しのテープのように
言い争う声、
かん高くうわ言を繰り返す声、
どれも何をしゃべっているのか判らない。

やがてそれは地面を蹴りつける無数の音になり、
狂ったような獣の鳴き声に変わっていた。

真下の通りを見下ろすと、
猪か雄牛のように見えるけものの群れが
怒号をあげて走っていく。

群れは香林坊の方から尽きることなくやってきて、
夜の灯りに照らされながら
犀川大橋の方へと走っていく。

車も人もすべて薙ぎ倒し蹴散らし驀進していく。

やがて遠くの方から
けものたちの悲鳴と
群れが水へと落ちてゆくような哀しい響きが、木霊のように聞こえてきた。

群れの最後の一匹が
スクランブル交差点を越えていく。

懐かしい時代の、
大きな清酒のネオン看板が、
おそらくは猪と雄牛の合いの仔であろう背中を
赤く、白く、染めていた。

2005年08月02日

自転車で海へ行く約束を
こじらせた風邪のために断わって、
夏の一日を、部屋で過ごした。

太陽は順調に南中を過ぎて
そろそろ皆、海に片足を突入した頃かもしれない。


真っ青な空が
窓の外で光を放っている。

その分、
部屋の内側はうすく翳って
網膜に映る。

一分毎ににぶい音を立てる機械時計とともに
刻々と時が流れていく。

やがて
青い空に、
茜色が混ざり、
それでもまだ青色でいつづけている。

冬ならば辺りは真暗になっていていい時間だ。
それでも夏至の頃にくらべれば日が短くなった、
と彼女が云った。

日が落ちてから
用事を思い立って、
サンダルに自転車で駅前まで出た。

ほおにあたる空気に、
夏の宵を感じる。

夏休みの子らを連れた親が
そぞろ歩いている。

中年の男が老婆が。

スーパーの明かりに照らされた
ごくあたりまえの群像が、
宵宮の夜店に集う人々のように
華やいで見える。

その中を、
花火大会に向かう中学生のような
冴え冴えとした心地で
自転車で駆け抜ける。