June 02, 2010

『六月上席~第拾玖區』

時節問わず幹線道路の交差点角にパイプ椅子を設置し座り込み、簡易デスク上に幾つかの卓上式機器を並べ、車道を往来する車両を目で追いながら、機器に触れた両手を忙しなく交差させる、短期間で雇われた男の姿を見ることは珍しくない。
時節を限定して事例を論うと、暮れも押し迫った頃人で賑わう繁華街の並木道、臨時に設置されたイルミネーションの下で、あたし何やってるんだろう何でこんな日にこんなところでこんなことしてるんだろう今頃あいつはあの女とあの部屋で的に暗い瞳をした何かしらの事情がある、雇われれ女子も同様の手持ち式機器を手にしていることに気付く。

俗に「カウンター」として知られるこの機器、正式には「数取器(かずとりき)」という何のひねりも無いネーミングなのは、該当する日本語が存在しないからに相違ない。
使い道は周知の通り、
「一定の目的物を数え上げるために用いられる計数用の道具」
である。
主に、
「品物の個数の検査、交通量調査などで用いられる」
という。

実際に手にして使用した経験があるのは、左手人指し指に落下防止用のリングを通し、やはり左手親指で頭頂部が平たくなった金属製のバーを押し込むことでひとつずつアナログ式にカウントされてゆくタイプのものだ。
過去に交通量調査に参加した経歴は無いが、物品の員数確認に用いたに過ぎない。

昨日の夕刻浅草始発の銀座線に乗り、人もまばらな車内座席に腰を下ろしての読書のつもりが、ただハードカバーを膝に置いただけの状態で睡魔に襲われ続けている頃、渋谷に近付くにつれ車内は混み合い出した為か、青山一丁目を過ぎて外苑前に向かう辺りで何かの音で目を覚ますと、至近距離で耳慣れない連続音が聞こえ、初めは誰かがノック式ボールペンのペン先を出し入れしているのかと思いきや、音の発信源と自分の耳元が平行線状にあると知り、真横に目を移すと、扉と座席の間のポール付近には、左手に件の機器を握り締めた、クールビズなスーツ姿で初老で眼鏡着用の男の姿が視界に入る。

彼所有の数取器は、確実に何かをカウントしている
戯れに手持ち無沙汰にいじり倒す機器にしては、周囲への影響が大き過ぎるし、自分との距離も十センチと少ししかない
目的を持って使用しているにしても、それが彼の風変わりな嗜好なのか、不条理な内容の業務なのかが皆目分からない。
他人の理解を超えた行動は、恐怖心を植え付けるには充分だ。

願わくば、何かしらの数取を目的とした、職務遂行中の業者であって欲しいと祈りながら、終点渋谷に到着。
前述以外に特徴の無い男は、降車客に紛れて直ぐに見えなくなる

何を数えていたのか、何も数えていなかったかもしれない。
ただ思うは、彼の持つそれが従来の仕様とは真逆の「限り無くゼロにしか向かないカウントダウン」だったら厭だ、それだけだ。

(了)

投稿者 yoshimori : June 2, 2010 11:59 PM
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