May 14, 2011

『幻想ト猊下』 (第弐拾玖回)

<波止場の灰頭巾ちゃん>
・・・長かった盗賊稼業も愈愈(いよいよ)佳境へ。
長年謎の人物とされていた組合長からの信頼も順調に勝ち得て、今では社命を左右する大仕事ですら任されている。
此の組合長、三百年も生きていると噂されている伝説の人物で、人知を超えた存在から盗んだとされる灰色の頭巾を被っている。
・・・其の姿は若干寄り目にも見え、絵的には大変に間抜けな被り物ではあるのだが。
其れはさて置き、今回の指令に限って云えば、組合規定として第一義に掲げている「殺生ヲ禁ズ」すら免責するという。
此れは余程の内容に違いないと身が引き締まる思いである。
誰からの依頼ですかね。
「誰からの依頼でもない、名誉の為だ、此れは伝説になるぞ、誰もが為し得なかった事をお前がやるのだ」

何と動機に乏しい指令だろうか。
厳戒態勢にて難攻不落とされる王宮図書館より一本の巻物を貰って来いという。
貰って来い、とは?
「実在する常連の名で閲覧を予約してあるから、盲目の図書館員が棚より探し出して来た巻物を其の儘持って帰って来い、いいかくれぐれも云って置くが、一言も喋るなよ、ばれちゃうから」

ばれちゃうからって云ったって、其の常連も只じゃァ済むまいとは思いつつも決死の盗みを実行。
・・・艱難辛苦如何ばかりよれよれに為りながらも巻物を持ち帰る。
た、只今帰りましたァ。
「お前凄ぇな、そう此れよ此れ、そうかそうか頑張ったな、まァゆっくり休めと云いたい処だが、もう一つ頼まれてくれ」
何を云うんだ此の変態腐れ頭巾!とは云わなかったが、組合長より偉効を労われつつも、近郊にある領主夫人指環を届けて欲しいと頼まれる。
何だ色気付きやがってと思いつつ、伯爵夫人の下を訪れてみると、謁見の間に人相の悪い男が居るのが目に入る。
何か不穏な気がしない訳でもないが、此の儘指環を手渡さないと話が先に進まないので兎に角伯爵夫人の下へ。
件の男はやにわに立ち上がると、此方へにじり寄って来る様子。
見れば、薄汚れた布を手にしている。
「今まで留守にしてて済まなかった、俺だよ」
「まァ貴方、十年間も何処へ行ってらしたの」

聞けば、男は失踪中の伯爵であり、帝都を震撼させた大盗賊の長であった。
十年前、呪われた頭巾を被ったばっかりに公務を家庭を放り出さざるを得ず、今日まで頭巾を脱ぐ方法を探しており、漸く件の巻物の効果で脱着可能となったいう。
「で、お前が次の長になるのだ」
・・・其のあまりいけてない頭巾は被らなきゃ駄目すか?
「悪事を働く時以外は脱いでれば良かろう」

という経緯で今では大親分の座に就き、富める者から貧しき者への上がりの一部を上納金として受け取って、納税時に申告する収入の欄には書けない類の金銭を手にする事になるのだが、其れは又別の話。

(續く)

投稿者 yoshimori : May 14, 2011 11:59 PM
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