April 22, 2011

『終ノ棲家』 (第拾陸回)

<烏賊ノ御鮓>
町内の防犯委員を務めている立場上、僅かな悪の芽さえも見過ごさないと地域の警邏巡廻を欠かさない日日である。
経験上知り得る限り治安の宜しくない箇所としては、街から遠く離れた郊外の為に往来の無い街道筋、物件の所有者が何百年も前に滅んでおり放置され放しの廃屋廃坑が候補に挙がり、周辺には物騒な連中が昼夜問わず徘徊している。
馬上の衛兵も終日警備の体ではあるのだが、彼等は主として街周辺の街道専門であり、街道より逸れて建つ打ち棄てられた建造物までには手が廻らない様子である。
此処は一つ穴埋め要員として建造物専門となり、正義の名の下、神の名の下、悪人どもに鉄鎚を下してゆこうと思い立つ。
同居する緑肌の脳筋女子は(私怨から発した)盗賊討伐専門なので同行するのは難しいと覚り、単身廃墟に乗り込むとしよう。
一軒目、小動物や四ツ足ばかりで些(いささ)か物足りぬ。
二軒目、水辺が近い所為か水棲多足動物ばかりである。煮たり焼いたりする
三軒目、漸(ようや)く二本足と闘う。奴等は夜な夜な人の生き血を啜るので、何かを伝染されないかと憂う。
四軒目、廃墟での貧乏暮らしの癖して高価な装飾品や衣類を纏っている二本足どもと一戦交える。彼等の多くは固有名を持たない人別帳から外れた無宿人扱いにて心置きなく殲滅させられる。
・・・良かれと思い、当初は町内の戸締り用心火の用心から始まった防犯意識が、気付けば全体主義における異端排除の論理に陥っている。
誰かに命令された上の行動でもないので、いずれ此の私的治安維持活動に関して言及される日もそう遠くはないだろう。
自ら裏稼業を生業と選んだとは云え、女手一つで後ろ盾無く生きてゆくのは大変と改めて思うのだった。

(續く)

投稿者 yoshimori : April 22, 2011 11:59 PM
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